2009,8,29.(土)大井町 きゅりあん
温知会師範の生徒さん2人と、漢字研究会に参加した。
今回の課題は、 「臨書=王鐸草書帖・半切サイズ」
「自運=晴樹遠浮青嶂出、春江暁帯白雲流・半切サイズ」
(王鐸)について
1592年 河南猛津に生まれ、61歳で逝去。
14歳にして学問を始め、郷試の試験官であった曹延諮を師とし、17歳の時には、蒲州の河東書院に学んだ。
31歳で進士に合格したが、総合138位と ずば抜けた成績とは言い難い。
47歳で経筵講官に命ぜられる。
乱世の中、二朝にわたって前例破りの昇進をしていく。
髭が立派で、体が大きく、割れんばかりの声、大食漢であった。(うどんと酒が好き)
王鐸の書は「無意識のうちにテンポが合って」いるという、究極のすごさがある。
書をものする際、字形や章法(効果的な字の配置)に意匠をこらしても、それが意識的なものである以上、決して”上乗”の境地に至りはしない。王鐸はこの意識的な意匠を超えることに成功し、究極のすごさを現出させた稀に見る書家なのである。
王鐸は王羲之の書の臨書への没入を実行していた。
「字は一筆でも古人に似なければ字をなさない」(「家訓」)傳山は王鐸をこのように理解していた。
特徴として、字が大きく連綿。文字の中の空間がどれだけあいているか。
これだけ、難しい臨書であった。
浅草サンバカーニバルを見て来た。
まさに「躍動感にあふれたサンバのリズムと情熱的なダンス」であった。